タイトル後編

日本美術の継承と創造 -古典を甦らせて- (後編) 日本画家 武田裕子

2012年7月17日

古典の復元模写や修復の研究を通じて得た技術や知識を、武田さんご自身の作品の中でどのように活かされているのか、制作に対する思いを伺いました。さらに、日本の美術がこれからも末永く保存され継承されていくために、何が必要なのかについてもお話していただきました。

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制作から保存・修復へ

-:武田さんご自身の制作経験が保存・修復の研究でも活かされてきたとのことですが、大学では日本画科で制作を学ばれ、大学院で保存・修復を専攻しようと思われたのはなぜですか。

 

武田:もともと絵が描きたくて東京芸術大学の日本画科を専攻しましたが、専攻して感じたのは、日本画は日本古来の絵具や技法を使って描くとても特殊性のある分野だということです。

学部でも模写のカリキュラムはありましたが、私自身の表現したいことで頭がいっぱいで、自分の作品を美術史や素材の観点から見るということはあまりなかったのです。そこで大学院では素材のことや技法のこと、また修復を学ぶことで、自分の表現がもっと歴史に根差したしっかりしたものになるんじゃないかという期待と興味があって専攻しました。

 

-:昔の技法や材料を研究されるのと現代で新しくご自身が制作するのは、全く違っていて両立されるのは難しいのではないかと思うのですが。

 

武田:そうですね。自分の頭の中は一旦、ものすごくグチャグチャになりました。例えば1000年前の絵とか800年前の絵を見て感動する自分もいるし、また、現代の社会に生きていて感じたいろいろなことを表現したいと思う自分もいます。一度は自分の絵も古めかしくなったりしました。いろんな揺り戻しを受けながらも、それが自分にとっては勉強になることでした。今はバランスを取りながら、やっているという感じです。

きりかね

 

-:大学院ではどのように修復を学ばれたのですか。

 

武田:実習しながら勉強していくというかたちで、修士のときは大学美術館の所蔵品の掛け軸を2幅行い、博士課程のときは、個人所蔵のもので絹に描かれた掛け軸を修理しました。

 

- :神経を使われるでしょうね。今も修復をされているとのことですが。

 

武田:そうですね。今、手がけているのは彩色された仏像の修理なんです。

 

-:仏像ですか。

 

武田:昔は工房で制作されていて、彫る人、塗る人と細分化されていたと考えられています。彩色については絵画の経験を積んだ人の方が感覚を持っているので、彩色の剥落をとめるような処置とか、剥落してしまったところを違う絵具で目立たないように塗る”補彩”などの作業で経験を活かすことができます。機会があればこれからも積極的にやっていきたいと思っています。神経は使いますが、結構楽しいですから。

 

保存・修復から制作活動へのつながり

 

-:古典模写や修復の知識や技法は、今、ご自身の新しい絵の制作にどのように活かされていますか。

 

武田:そうですね。今思うと、学部のときは、自分の作品が手元を離れた後のことは、考えたことがなかったです。でも、自分の作品を誰かが購入してくれて自分の手の届かないところに行き、そこではじめてその作品は自立した存在になります。そして、物質である以上、必ず劣化していくもの。何十年、何百年先、どんなに劣化してしまっても、もう私は手が施せない。そう考えると、修理に耐え得る素材、長くもつ素材を使って描こうという意識が芽生えました。実は、原始的な素材ほど修理にも耐え得るという感じがしますから、和紙や絹に膠で岩絵具を塗るとか墨を塗るとか、そういう天然の材料を使うことを私の制作では考えています。

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-:今年5月の横浜での個展を拝見しましたが、どの作品もとても細密で美しかったです。

 

武田:ありがとうございます。例えばこちらも保存・修復を始めてから得た技術を生かして描いています。「絹本」といって絹に描いてありますが、値段が紙よりも高価で、また扱いも難しいため、今はなかなか使われる人が少なくなってます。

満

「満」絹本著色 金箔 天然染料 岩絵具 墨 2011年

 

-:そうなんですか。

 

武田:昔は、すごく細密にきれいに描けるということで使われていて、仏画などにもよく使われていました。私はその描き味や効果が気に入っていて、こういう作品を描いています。また、絵具だけではなく、草木染めなどに使うような染料もよく使います。これも、模写や古典技法研究をして得たことを活かして描いているところですね。

 

-:なるほど。金箔もたくさん使われてますね。

 

武田:はい。金を使った技法にすごく日本らしさが出てくると、個人的な見解として思っています。琳派もそうですし、金碧障壁画みたいな安土桃山時代のものもそう感じます。仏画の中にも結構見られます。

日本画は基本的には中国から学んだものなので、日本にある技法は中国にあるとか、中国にもっと優れたものがあるというのが普通ですが、金を使った表現の中に中国には見られないような独特の表現が、ある時代に突如見られるような気がしていて、そのあたりに着目したことが博士論文を書く動機にもなりました。

例えば、截金はその1つだと思うんです。中国には截金を絵画に使っている作品はほとんど残ってなくて、特にこんなに緻密なものは全く見られません。

いろいろと推測して思ったのは、元は中国から来た技法だったとしても、これだけ日本で大量に作られたということは、こういう平面的で緻密なものが、何か日本人の感覚に合っていたからではないかということでした。

そういった研究と並行して、自分も金を使ってもっと現代の感性に合うような作品を描きたいと思い挑戦した作品です。

 

-:なるほど、武田さんの作品を拝見して、とてもモダンというか新鮮な印象を受けたのですが、古典技法を現代の絵に活かされているところがそう感じさせたのでしょうかね。研究されたことが見事に制作に生かされていますね。

 

武田:こちらもそうですね。ちょっと琳派を意識した作品になっています。

 

-:こちらはまた違った感じですね。

 

武田:これが銀箔を使った作品なんですけど、花とその周りの部分に全部同じ銀箔を貼ってあるんです。銀は酸化してだんだん薄黒く、茶色っぽくなって、次第に真っ黒に近づいていくのですが、この周りの部分だけ酸化しないようにドーサ(膠を薄く溶かしたものに明礬を加えたもの)を塗っています。塗り残した中の像が、時間がたつと徐々に徐々に浮かび上がってくるという狙いがあります。

問いと祈り

「問いと祈り」 紙本着色 銀箔 岩絵具 2011年

 

-:面白いですね。これをご自分の作品に取り入れようとしたのは?

 

武田:よく琳派の作品が、銀のところが真っ黒になっていて、制作された当初と違う絵になってるといわれますが、時間がたって徐々に変わってくることの良さがあるんじゃないかなと思い、意識して作りました。

 

-:経年でどんどん変わっていく面白さですね。100年、200年先の楽しみがありますけど、壮大な発想ですね。

 

武田:そうですね。そんなことばっかり考えています(笑)。

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これからの制作活動と日本美術の継承

 

-:これからの制作では他にどのようなことをお考えですか?

 

武田:単に技法や素材だけでなく、日本画特有の表現や中国とのかかわり合い、中国画との接点など、自分の絵の中で昇華していけたらいいなと思っています。

 

-:中国との接点ですか?

 

武田:はい、大きくとらえると中国の絵は日本画ととてもよく似ているようですが、やはり少し違うと思うんです。中国の絵には、シンメトリックな構図や対象に迫る写実性に完璧を目指す美を感じますし、建築や彫刻などに見られる、いろんなものを足して細工を豪華にしていくような美しさがあるように思います。その一方で文人画のようにもっと精神的なものも別にあると思いますが。

日本のほうはよく言われるとおり、”間”や”欠けている美”。何かちょっと足りないところ、そこに手が入っていく隙間になって美の世界が広がっていくようなことであったり、何か一つだけ置いてすべてを表すとか。そのあたりが中国と日本の違いなのかなと直感的に思っています。

 

-:なるほど。武田さんのような今の若いアーティストの方も、日本独特の”間”というものを継承して描こうとされているんですね。

 

武田:ここ何年か、日本画や古典的な日本固有の美術などに目を向ける風潮が強まってきたようにと思います。仏教美術の展覧会で博物館に長蛇の列ができていたり、伊藤若冲や曾我蕭白などの江戸時代の画家に興味を持つ若い人がすごく多いことなどを見てそう感じます。

 

-:制作する方だけでなく、見る側の志向も日本画に向いてきたということでしょうかね。でも、小中学校の美術の授業で日本画を習った記憶はほとんどありません。もちろん実技も。

 

武田:実際に私も、大学で専攻する以前に日本画に触れた経験はほとんどなかったと思います。中学や高校の美術の時間に、日本の美術史の流れを軽く触れるくらいでしたよね。

学校で少しでも和紙や岩絵具に触れたり、使ったりする経験があれば、もっと多くの人の意識は変わってくると思うんです。今、若い人が日本画に注目してきてるというのは面白いと思いますが、まだまだ「日本画って何?墨絵のことですか?」と聞かれたりします。多くは、日本画に対する認識が、屏風とか掛け軸とか江戸時代ぐらいまでさかのぼって終わっているようです。特に、明治維新後、洋画が入ってきたところから、自国の美術に対する日本人の意識が変化していったのでしょうね。「日本画」という言葉が生まれたのもこの頃です。当時の日本画には、立体的で力強い洋画のように、光と影の表現を取り入れ、どんどん絵肌を強くしようとした特徴がみられます。そうして、そもそもの日本画にある線という意識がどんどんなくなっていくんですね。例えば、横山大観の作品にもそういった絵が沢山残ってます。

 

-:今、みられる日本画の多くにも、そういう印象がありますね。

 

武田:そうですね。今は多様な表現があるので一概には言えませんし、今の時代を生きる制作者が「日本画」というカテゴライズにこだわって制作する必要も個人的には無いと思っています。

しかし私は古典的な日本の絵画に、今見るとすごく新鮮な空間の捉え方とか色彩感覚とかがあるのが単純に面白いと思っています。また、その感覚が時代によってがらりと変わったりするのを見ると、とてもドラマチックで刺激を受けます。

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-:もっと古い仏画などにも興味を持ってもらわないと、古典の継承や保存は難しくなると思うのですが、ただ保存していくといっても、それも簡単ではないですよね。

 

武田:そうですね、なかなか時代の流れには逆らえないところもありますから。理想論かもしれませんが、本当に魅力的な作品があれば必ず残ると思うんです。いくら貴重でも、優れていても、面白くないものを残そうとするのは多分難しいと思います。

例えば、高野山の「阿弥陀聖衆来迎図」も、800年の間に火災や水害に遭い、お寺から持出して難を逃れたという記述があるんです。端の方に焼けこげがあったり、シミがついたり、ボロボロになっているんですよ。

 

-:そうだったんですか。

 

武田:火事のような自分の命も失うかもしれない緊急事態に、この大きな絵を持って逃げようと思うのはすごいことですよね。多くの人の思いが結集して、幾度の災難をくぐり抜け、修復もされてきた。それほどの魅力的な作品だったのだろうと強く思います。

 

-:芸術って偉大ですよね。人の心に訴えるといっても、永年に人に訴えかけられるものというのは、本当にすごい力を持ってる作品なんでしょうね。

 

武田:そうですね。しかも、時代とともにどんどん美意識とか価値観というのは変わっていくものなので、その中を耐え得るぐらいのものというのは、すごいことだなと思います。

 

-:それは、まさしく公共財と呼べるものかもしれないですね。

 

武田:そうですね。まさに文化財というのは、そういう価値のあるものでしょうね。

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-:武田さんは、古典美術の継承のために、ご自身の研究やお仕事をどのように広めていこうとお思いですか。

 

武田:そうですね。やはり自分の作品を発表していくことや、博士研究のようなかたちでパブリックに向けて発表することとか。

和紙や膠などの日本画に必要な素材も使う人がいなければ、いくら優れたものであっても、作る人がどんどんいなくなっていきます。それが今、危機的な状況にあって、少しでも自分が使うことやそれを使った作品を発表していくこととかで、訴えかけられればいいなとは思いますね。

 

-:現代に新しく描かれるもの、それを生み出す現代の作家の方も大切にしないと、日本独特の技術、技法を継承することも難しいし、将来に残すべき芸術作品自体がなくなってしまうと思うんです。それには作品を観賞する側のマーケットや層が広がらないといけないと思うのですが。

 

武田:そうですね。日本人は美術観賞が好きな国民だと思うんです。美術館などで大きな展覧会があると、行列を作って行かれます。でも現代の作家の絵を自分が実際購入するというのは、意外と少ないようですね。

 

-:欧米に比べると、敷居が高いのか気軽に美術画廊を見て廻って自分の気に入る絵を購入し、部屋に飾るというのはあまりないかもしれません。景気にもかなり左右されますし。

 

武田:はい、絵の世界も今の景気のダメージをかなり受けていると思います。ただ、不景気だからこそ、自分が好きだから買うとか、この作家を応援したいという気持ちで買ってくださる方もいるんですよね。

 

-:個人の小さな購買活動であっても、現代の若い作家の方の絵を一枚買うと、その作家の方だけでなく、巡り巡って、例えば、膠屋さんのような素材を作る方たちも活性化して、制作はもちろん、修復や復元の分野にもつながり、日本の古典美術の継承に貢献できる、そんなふうにつながっていけばいいと思ったりします。

 

武田:そうあってほしいですね。

 

-:古典美術の保存も新たに創出される現代作家の作品も、ときに観る人を感動させ勇気づけ、支えてくれます。反対に制作や保存・修復にかかわる多くの人たちを支えるのは、観賞して感動を受ける私たちなのかもしれませんね。今日は貴重なお話をたくさんありがとうございました。

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※ファイナンシャルラーニング株式会社ホームページ TALK 第6回 より転載

日本美術の継承と創造 -古典を甦らせて- (後編)