タイトル前編

日本美術の継承と創造 -古典を甦らせて- (前編) 日本画家 武田裕子

2012年7月17日

今回は日本画の作家であり、文化財の保存修復や模写を学んだ武田裕子さんにお話を伺いました。

武田さんは今年3月に東京藝術大学大学院博士後期課程を修了され、平安時代の仏画の彩色技法についての研究、「有志八幡講十八箇院所蔵 国宝『阿弥陀聖衆来迎図』の彩色技法に関する研究-本尊における『金色身』表現を中心として-」で、博士号を取得されました。

およそ800年前のものともいわれる「阿弥陀聖衆来迎図」は、日本の国宝として高野山が所蔵する作品の中でも特に重要なものと位置づけられ、博物館や美術館などでも実物を見る機会はなかなかありません。しかし、武田さんの作品に対する熱意が理解され、高野山が特別に研究のための調査を許可したものです。

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想定復元模写した「阿弥陀聖衆来迎図」

 

-:まずは、博士号の研究について伺わせてください。

 

武田:こちらが博士研究として制作した作品で、「阿弥陀聖衆来迎図」の想定復元模写です。現在では経年劣化して茶色くなっているものを、描かれた当時の鮮やかな色彩や技法を推測して、実際描いてみて立証するという研究方法です。

阿弥陀聖衆

-:こちらを見ると大変鮮やかな色合いですが、現物は随分劣化しているということですか。

 

武田:はい、本物は高野山の霊宝館に保存されている国宝で、おそらく平安時代末期ぐらいの作品です。誰が何年に描かれたかは全く分からなくて、とにかく物だけが残っています。今では3幅に分かれていますが、全部合わせると幅が4メートルぐらいあるとても大きな作品ですね。

 

-:お伺いしたところによると、なかなか簡単に見せてもらえず、高野山にも随分通われたとか。

 

武田:そうですね。平安時代の作品でこれだけの大きさがあると、国宝の中でもすごく貴重な作品です。

高野山の方にとっては信仰の対象であり仏様なので、いくら研究であっても簡単に人に見せたりするものではありません。しかし何度か高野山に伺ってお願いしたところ、研究の趣旨を理解して頂き特別に調査を許可してくださり、そこから半年ほどかけて入念に準備しました。そして2010年末に特別公開という形で高野山霊宝館で公開して下さり、調査もさせていただきました。10日間ぐらいずっと霊宝館に飾って出してくださいましたから、近くの宿坊に泊って、雪の中、毎日通って線や色がどのようになっているかをスケッチしたりして記録しました。これだけの長い期間、実物を目の前にして詳細に観察できたことはとても幸運なことですし、研究としても大きな収穫がありました。

 

- :経年で茶色くなったものの、元の色彩の再現はどのようにされたのですか。

 

武田:まずは科学的な調査をして物質的に推定しました。この時は東京文化財研究所の先生のご協力も頂き、X線を当てて顔料の原子を推定する「蛍光X線分析」をしました。日本画の絵の具は、また、天然の鉱物や土などから作られているものが多く、この時代に使われているものと現在使われているものが物質としては極端に変化していないとう特徴があります。新しい絵具ももちろんたくさん出ていますが、日本画の絵の具で天然のものは、今、画材屋さんで売られている絵の具と当時のものとで大差ないといえます。

科学的な調査と美術史の文脈という側面、そして自分が実際に絵を描いている経験から推測するという面と、いろんな面から照らし合わせて色彩や技法を推定していくというやり方です。

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-:技法の面で現在と違うなと思われたところはありましたか。

 

武田:この研究の一番のテーマが、この真ん中にある大きい阿弥陀仏様がどのように描かれたかを解くことでした。現物は輪郭線は残っていますが、色がまったく落ちてしまっていて、真茶色で真ん中にぽかんと穴が開いたみたいになっているんです。周りの像は割と残っていて、とても豪華に描かれているのにです。

 

-:信仰の対象になるものですから、一番美しく描かれていたはずですよね。

 

武田:そうですよね、一番重要なところです。この作品は絹に描かれているのですが、先学の研究で絹の表ではなく裏側から金箔を貼っていたらしいということは既に言われていました。しかし、それが実際にどのように描かれ、どのような効果を持ったものだったかということが実際に検証されたことは無かったんですね。今回の調査と研究の結果、絹の裏から金箔を貼った上に表から彩色をして、さらに着衣の部分には截金を細かく入れて装飾するという、仏画の表現としてはとても特殊なものであったことが分かりました。まるで金と金でサンドイッチしてるみたいな技法だったんです。それが非常に効果的で、暗くしたときにご本尊だけぼわーっと、こちらに、迫ってくるような感じで浮かび上がって見えるんですね。

 

-:なるほど。

 

武田:今のように上からの照明ではなく、ろうそくで下から暗い中で照らすと余計にこれが輝いて浮かび上がって見えます。

それが、この研究の結論とも言えるのですが、臨場感というか、信仰の対象として耐え得るような、イメージをこちらに持たせるような独特の技法だったと思います。

 

-:そのような手のかかる高い技法を800年以上も昔にされていたのは、驚きですよね。

 

武田:はい。昔の人のイメージの豊かさに驚きますし、仏画にはいろいろなきまりごとがあるのですが、意外に自由に描かれているのを感じました。

 

-:日本画には、中国から流れてきた技法が多くみられるというお話を伺ったことがありますが、この技法も中国では見られるのですか。

 

武田:もしかするとあったのかもしれませんが、現在中国にはこれに近い時代の作品がほとんど残っていなくてよくわかりません。ですから、中国の技法との関連性がなかなか論じづらいところはあります。もちろん直接的につながりが分かる作品も沢山あります。ただ、この作品のこの技法に関しては、日本の中にも他には見られないものです。

 

-:まぁ、そうなんですか。

この復元模写が完成したとき、高野山の方々の反応はどうでしたか。

 

武田:作品を保管している高野山霊宝館の館長さんや学芸員の方が大学美術館の博士審査展をご覧になり、とても喜んで頂きました。私たちは絵画として見てしまいますけれど、描かれている物一つ一つ、それぞれの色にも宗教的な意味があるということで、大変興味をもたれてました。適当には描けないですね(笑)。

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古典技法「截金(きりかね)」の継承

 

-:この阿弥陀仏様に施されている金色の細かい模様は?

 

武田:これが「截金(きりかね)」といって、金箔を細く切って貼り付けて模様を描くという古典技法です。

阿弥陀如来きりかね

-:本当に細い線ですね。これがすべて金箔から切った線ですか?

 

武田:そうですね。その金箔自体がすごく薄くて、約0.1ミクロンですが、それを3枚か4枚重ねて密着させて、少し厚みを持たせるんです。その箔を竹の刀で、髪の毛みたいに線状に細く切るんです。それを筆で貼り付けていって模様を描いていくという技法です。平安時代とか鎌倉時代の仏画に多く使われています。

 

-:この格子状になっている細い線を描くように全部、金箔を置いていくとういことですか。

 

武田:そうですね。細く切った金箔を筆でそっと置いていきます。

 

-:切るだけでも大変な技術だと思うのですが。

 

武田:そうなんですね、切るのが難しいんですよね。

もう亡くなられましたが、截金技術の第一人者でいらっしゃった人間国宝の江里佐代子先生に、修士課程の授業でこの技術を習うことができました。

修士課程の修了制作として現状模写した作品は、截金がすごく密集した作品でしたから、何とかそれを模写するために、截金の技法を習得しないとと思い、一生懸命練習しました。

 

-:かなり練習されたと伺いましたが?

 

武田:すごいしましたね。結局、こういう技術はいくらやり方を教わっても、習得しなければいけないものですから。先生の手つきを直接拝見して学べたことは本当に幸運なことでした。そのイメージを持ちながら、その後はひたすら自分で道具を作るところから始まりました。

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-:道具というのは竹の。

 

武田:はい、竹の刀を。「竹刀」というんですが、竹の皮1枚残して、ひたすら彫刻刀で削って刃をつけていきます。その竹の皮一枚で金箔を切るんですが、そこになめらかに刃がついてないと金箔を引っかけて破いてしまったりして繊細な作業ができません。まず、その竹の刀を作るので何カ月かかかってしまいました。また、それができたとしても、細く均一に切っていくのに、また練習してという感じですね。

切るときには「箔盤」という鹿の皮を貼ったまな板のようなものがあるんですけど、それとぴったり合うように自分で調節していくんです。技術と同じくらい道具を整えることが重要なんですね。

きりかね1

-:大学では、こういった技術を引継がれるような仕組みが確立されているのでしょうか。江里先生が亡くなられて、これからも伝承されていくものでしょうか。

 

武田:そうですね。截金の技術自体が平安時代や鎌倉時代にピークに成熟したものなんですね。その後、質実剛健な「武家文化」になると勇壮な金碧障壁画が、さらに「町人文化」になってくると浮世絵などが流行り、仏画そのものが衰退していき、それと同時に截金も一部の仏画や仏像の中で行われるだけになってしまいました。室町時代以降は、あまり緻密なものはなく、細密な截金の技術が工芸作品などの中で生かされるようになったのは近代に入ってからです。その中で江里先生は仏師であるご主人の江里康慧先生の仏像の截金も手がけられ、さらに大学に来られて私たちのような学生にもその技術を惜しみなく指導して下さいました。

 

-:江里先生が後継者の育成も。

 

武田:そうですね。江里先生が芸大の保存日本画研究室に教えに来て下さり、学生の中でもできる人が何人か育ってきたという感じです。

 

-:古典技法の中には、わからなくなっているものあるでしょうから、数えられるくらいの人数であってもそういう技術を継承できた人がいるのは素晴らしいことですよね。

 

武田:そうですね。試行錯誤して古典技法を取り入れてますが、昔の方が私たちがやっているようにしていたか、本当のところは分からない部分も多いのです。

ただ、残っている素晴らしい作品を見て、それだけを手掛かりにいろいろな実験をして模写することで、ようやく分かってくるということがあります。

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保存修復につながる動機

 

-:截金の技術の習得もそうですが、高野山に国宝を見せて頂くまでの道のりも、どれも簡単ではなかったと思います。そこまで武田さんを動かしたものは何でしょうか。

 

武田:一言でいうと、昔のものの美しさということでしょうか。高野山での調査中、長い時間この絵と接していると、阿弥陀仏と目が合う瞬間があって、その時は何か、その描いた当時の人と対話してるような気持ちになりました。そして800年前に描かれた目の前の”この線”、”この色”を、今、自分が見ることができるということにすごく感動しましたし、この絵の想像力の豊かさに惹かれて、これが描かれた当時の鮮やかな状態を、とにかく自分が再現して見てみたいと思いました。そういう感動した記憶というのが、やりたいと思う動機の一番だと思います。

 

-:「阿弥陀聖衆来迎図」を選ばれたのはどうしてですか。

 

武田:そうですね。私は小学校のほとんどを中国で過ごしたのですが、帰国して、中国と日本は距離は近いのに人の感性がまったく違うと強く感じました。そして、日本画を始めて「日本画というのは一体何なのか」ということを考え出したんです。日本の美術も多くが元は大陸から渡ってきたといわれますが、日本独自のものというのがあるのではないかとずっと考えていました。なぜなら、中国画と日本画は良しとしているものや、感覚的に好む作品が全然違うように感じたからです。そういった日本人独特の感性を何か具体的なものとしてつかみたいと思い、何かこの絵の中にそのヒントがあるのではないかと感じ取ったのです。それが研究テーマとなりました。

 

-:日本人独特の感性を具現化するもの。それが再現できたのですね。そう伺うとますます壮大な作品だと感じます。

この阿弥陀様の部分が真っ黒になっていたということですが、ここを復元するときに、技法的な難しさはなかったですか。

 

武田:はい、ありました。まず仮説を立てて、限りなく可能性を突き詰めていって、これが妥当じゃないかというものに行き着くのですが、最初にサンプルを作ってみますがなかなかできないんです。裏から金箔を貼ってもその効果があるのかよくわからなくて、何度も試行錯誤し、箔の大きさや貼り方は”こうすればうまくいく”、”こうすればきれいにいく”というのを一個一個積み重ねていってようやくできたのです。

 

-:描いた方に教えてもらえないですから大変ですね。この作品には沢山の彩色がありますけど、再現の難しい色というのはあるのですか。

 

武田:そうですね。色によって難しいということはないのですが、やはり色の響き合いというか、バランスでしょうかね。本物を見ると、画面が本当に一体となって見えるんです。

 

-:なるほど。

 

武田:赤は赤、緑は緑と単純に塗っていくだけでは、全然その一体感が出てこないんです。ですから最終的には、自分が今まで描いてきた経験に基づいて、元々の作品を描くような気持ちで制作しました。

 

-:武田さんは大学で最初、日本画科の制作を学ばれ、沢山の作品を発表されてきました。そういった、ご自身の制作経験が活かされたとうことですね。

 

後編では、保存修復のご経験から得た、公共財として日本美術を後世に残していくことへの思いや今後のご自身の制作についてお伺いしていきます。

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※ファイナンシャルラーニング株式会社ホームページ TALK 第6回 より転載

日本美術の継承と創造 -古典を甦らせて- (前編)